2016年08月19日

私たちは、億万長者になる為に見守ってもらっているのでしょうか?

 
私たちは、億万長者になる為に見守ってもらっているのでしょうか?



<2016年8月18日のFacebook投稿>

先日投稿した下記の文章に対して、ご質問をいただきました。

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  ★ブレーキを見ないで、「ポジティブシンキング」を使うなら:
  http://mothership.ti-da.net/e8917825.html
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質問対象は、この(↓)コメントの部分についてです。

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⚫︎「ポジティブな私はOK/ネガティブな私はダメ」であるなら、「ありのままの私」になっていないです。
⚫︎それは自分の一部を差別する思考で、ダメな部分の自分を責めるわけですから、真に穏やかな心には成らないです。
⚫︎そして、ネガティブな私でもいいやと思うのが、何かの「気づきの結果」なら、苦悩から解放されてゆきます。
⚫︎だけど、「ポジティブシンキング」を使って、「今のネガティブな思いも受け止め自分を否定しないようにしよう」とするなら、むしろ、苦悩を深ます。
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そして、ご質問はこちらです。

  ★「ポジティブシンキングと気づきの境界線が分かりません」

3行目の「気づきの結果」は、例えば、自分は尊い存在であると気づいた結果、どんなダメな自分でさえも「心から無条件に」、すでに受け入れています。

4行目の「ポジティブシンキング」は、例えば、自分を否定してはダメなのだと学んだ結果、自分を受け入れた方がよいと「頭で判断して」、受け入れようと努力しています。

3行目は受け入れたので、つまり、ダメダメで苦悩している自分を知って、目的を達したので、それ以上の苦悩を味わう必要がありません。

4行目まだ受け入れきってないので、つまり、自分を知っていないので、苦悩は解放されません。

ダメな自分だと思ってるのに、ダメな自分じゃないと思おうとするなら、それはポジティブシンキングです。

それは本当の自分からどんどん遠ざかっているので、すればするほど苦しいです。

苦しいのにそれをさせてしまうのは、ポジティブな自分だったらOKだけど、ネガティブな自分はNGだとする「ポジティブOK・ネガティブNG」の罠です。

日本人にとっては、その罠が1番強烈です。

なお、気づきとは、とても説明の難しいものです。

ある意味、どんなに説明しても気づけないものです。

多くの方が、自己啓発セミナーや、精神世界の勉強をしているのは、「気づきたい」衝動があるからです。

でも、セミナー講師が説明して全員が気づけるなら、こんな楽なことはありませんが、みんな何十万円支払っても、なかなか気づけないというのが実際です。

さらに、何十万円支払っても、それで気づくなら、もう地球人70億人全員が悟っています。

それが達成できていないのは、それだけ気づくということが、なかなか分からないということです。

それから、先日の投稿でもリンクしましたが、願望を達成したいことについて、ある調査では、願望成就のメソッドを学んでも、実現できる人は、1〜2%だそうです。

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  ★その前に、土台を作らないと:
  http://mothership.ti-da.net/e8917810.html
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この数字から言い切るなら、願望はほぼ叶わないものと言えます。

もちろん、叶える人もいるので、たとえ2%の成功率でも、そのメソッドを試したくなる人は、あとを絶ちません。

ではここで、ひとつの考察ですが、願望が叶う人生は素晴らしくで、願望の叶わない人生はダメなのかということです。

もし、そのように定義するなら、2%は勝ち組で、98%は負け組ということになります。

本当にそうなら、この星は、もっと殺伐としている筈です。

人生は勝ち負けではありません。

人生を勝ち負けだと思っているなら、ある時点で勝っていても、次の負けることが怖いですから、人生の終わりまで、安心はやってきません。

そして、地球には、まだ人間の暖かい部分が残っていますから、人生は勝ち負けだけではないわけです。

また、願望達成という「今から未来」へのことではなく、「過去から今」という変化というもので考察してみます。

「過去から今」への変化について、より豊かに変化したなら、もちろん自我は満足ですが、より貧乏に変化したなら、自我は不安で怖くて、ブルブル震える心境になると思います。

そんな時、プロセスが進み、自分は貧乏であっても尊い存在であると気づいたり、あるいは、無一文になったりすると、開き直るので、その結果、ダメダメな自分を受け入れます。

受け入れて、ダメダメで苦悩している自分を知って、目的を達したので、それ以上の苦悩を味わう必要がありません。

しかし、気づきも来ておらず、そして、無一文になる手前までは、なかなか開き直れないので、その酷い状況や、そのダメダメな自分を受け入れることができないので、苦悩も解放されません。

それから、一般的に見えている「そのトラブルは誰のせいなのか?」について、書いてみます。

何かトラブルが起きた際、誰が悪いのか、つい探してしまうのが、この世界でよくある風景です。

しかし、誰しも明らかに自分が悪いなら、素直にあやまって終わります。

ですが、ぶつかっている以上、双方に主張はあるわけで、内容はともあれ、こういう主張をしています。

  「私は正しい!」
  (※異なる意見を言う相手は間違っていると決めつける)

どちらも、同じ主張をしているので、ぶつかっているわけです。

ぶつかりたくはないし、周りからは、相手を責めるなとか、アドバイスがあります。

相手を責められないなら、その結果、自分が悪かったと結論づけることで終わらせようとします。

しかし、自分が悪いと思っていないのに、その選択をすることは、姉妹ケンカで、常に姉が怒られるのと似ていて、とっても苦しい気持ちになります。

では、どちらが正しいのか?

その検証をするなら、簡単に言えるのは、どちらも正しいということです。

お互いに育ってきた環境の上に、長年積み重ねた反応をしている筈です。

つまり、それぞれの価値観においては、それぞれが正しいことをしています。

自分が正しいなら、相手も正しいし、70億人が正しいというのが真理です。

しかし、プライドや、利害関係において、相手を認められないので、ぶつかります。

そのぶつかりを、個人間ではケンカと呼び、国家間では戦争と呼びます。

私たちは調和や愛を学びにきているので、それをまず自分から調和に向かうなら、徳を積むことになります。

あえて、極端に言うなら、人生の質は積んだ徳の量で決まります。

相手がやった(ように見える)ことを許し、調和の姿勢で不問にして、相手の選択を認めることが、人間として一番徳高い行為です。

人間は70億人の全員がそこまで出来る器量をもっていますが、それを思い出すまでには、それぞれのタイミングがあります。

思い出したなら、損している筈の自分こそが癒され、涙して、清々しい気持ちになり、そこには、そのような行為をしたかった自分がハッキリ居ます。

ですが、どうしても、相手のことを認めることが出来ないなら、損得や勝ち負けの世界に居るか、或いは、まだ相手を許せていないかのどちらかです。

そして、許すとは、相手をどうこう処理することではなく、自分が掴んでいる感情反応の札を手放すことです。

相手に対して「ふざけんなー」と怒りの言葉が書いてあるその札をぐっと掴んでいる自分の手をしっかり見つめて、手放すと決めることです。

ですから、ちゃんと自分を見ないと(知らないと)、札を手放せないので、苦悩は消えません。

そして、ここまで書いたとしても、どうしても許せない場合は、許せない流れになる世界観(信念)があります。

例えば、幼少期から作った反応として、「自分を攻撃してきた相手は泣いて謝るまで反撃するべき」とか、そんな信念があれば、その通りのことをします。

その信念に気づいて、その信念を除去しない限り、調和的な歩みをする自分は「ポジティブシンキングで嘘をつく自分」になってしまい、さらに苦悩を深めます。

ですので、その場合も、ちゃんと自分を見ないと(知らないと)、苦悩は消えません。

相手は自分の思い通りになりませんし、無理にしたなら、人道的にこちらが加害者になってしまいます。

幸せになる為の決定打は、お金の量ではありませんし、所有物の量でもありません。

「お金や物が豊かにあれば幸せで、そうでないなら不幸だ」、というなら、幸せであるために、永遠にお金や物量を確保しなければなりませんし、無くなった途端に不幸になります。

つまり、外部要素によって、幸せが揺れ続けることになり、いつまでたっても、安定した幸せが来ないことになります。

それが本当の幸せでしょうか?

私たち70億人は、宇宙(神と呼んでも良い)の前に平等で、生まれながらに、「全て」を持っています。

大人になるにしたがい、だんだん忘れていきますが、途中からふと、再びそれを思い出すゲームが始まります。

日常に「全て」があり、日常こそが本番です。

セミナーで学んでも、どこが本番なのかを分かっていないなら、その真価は発揮できません。

多くの方は目に見える条件に揺さぶられ続けますが、気づいた方は、いつでもどこでも幸せに包まれていることを感じています。

そして、何度も書いていますが、多くの方と気づいた方を分ける仕掛けが、「ポジティブOK・ネガティヴNG」の罠です。

ちゃんと出来ている事や、うまくいっている事や、お金が豊富にある事が目に入ると、自分の人生がほっとする。

その反対の事は受け入れがたい気持ちも理解しますが、それこそがトリックであり、落とし穴であり、罠なのです。

その罠に気づき、枠から抜け出せる一助になるので、世界観を広げる「本質に目覚めるセミナー」を開催しています。

もう少し大きな視点で書いてみますと、私たちは70億人全員が、いつでもどこでも、大いなる存在たちから見守られています。

何のために見守られているのでしょうか?

その大いなる存在たちは、私たちが億万長者になる為に見守ってくれているのでしょうか?

それとも、私たちが進化・成長する為に見守ってくれているのでしょうか?

ちょっと痛いこともあるけど、用意されたハードルを飛んでみるなら、その分、進化・成長しています。

ハードルを飛ぶには、まず自分を知らずして、どこにハードルがあるのかさえ見抜けません。

自分を知れば、全てが許せ、その分、楽になって周波数があがります。

自分の周波数が上がれば、自分と同調する世界は、より穏やかです。

そこから、ようやく、復活の上昇気流は流れてきます。

苦悩の重たい執着を手放せば、軽くなって上がり始めるシンプルな仕掛けです。

さらに、もちろん、物理界でドラマをしながら気づきを深めているので、最初から当たり前に豊かさはあります。

それが無いように見えるのは、ドラマの中で体験するための仕掛けであり、その状態に居る人でさえ、自分を大切にすることに目覚めたなら、それに比例して、豊かさは戻ってきます。

どこまでも、自分を知って、自分を大切にするドラマの中で、みんなと一緒に愛を学んでいる80年です。

本質的な意味で自分を知るなら、人のことも知れます。

本質的な意味で自分を大切にするなら、人のことも大切にできます。

本質的な意味で自分を愛することができたなら、人のことも愛することができます。

自分に優しくできるなら、人にも優しくできます。

先に答えを述べるなら、そんな関わりが出来ていると気づいた時、最初から全てを持っていたのだと思い出し、温かい涙が頬を伝うでしょう。

思うままを書いてみました。

もしも、何かの気づきがありましたら、最大級の喜びです。

(^_^)☆

ご縁をありがとうございます。

全てに感謝







Posted by 中川角司 at 09:38